佐渡島1周

2016.8.3~6(航路は後日記入予定)
2016.8.3~6(航路は後日記入予定)
外海府の入江だったか?
外海府の入江だったか?
宿根木の先 溶岩浜にキャンプ
宿根木の先 溶岩浜にキャンプ
経島の太鼓橋
経島の太鼓橋
影の神の海食洞窟
影の神の海食洞窟

 本州等を除いて日本で一番大きな島、佐渡島をシーカャックで一周した。メンバーは女房とIさん。カヤックはフジタカヌーのノア(2人艇)と ポセイドン。足は速くないけど安定性はいい。

 

 8月2日に長岡の花火を見てから翌3日、フェリーで新潟から両津へ渡り、準備を整えて赤泊を起点に漕ぎだした。その日は宿根木の先まで。泊はすべてテント。

 

 4日は沢崎から真野湾の口を横切って稲鯨へと渡った。七浦海岸を行くまでは良かったのだが、相川へは逆風と波に悩まされた。相川では買い物と温泉を楽しんで、夕方に千畳敷まで進んでテント泊。

 

 5日は尖閣湾から外海府の海岸を漕ぎ進んで大野亀から二ツ亀へ。夕陽が格別綺麗だった。

 

 6日は弾崎を回って姫崎まで両津湾口を横切る予定だったが、両津で温泉と食事をしたいという希望を容れて寄り道をした。

 

 最終日の7日は、姫崎を回って前浜海岸を漕いだ。海岸線が単調で一番しんどい行程となったが、5日間100数十キロメートルを漕ぎ抜いた充足感を覚えながら赤泊港へともどった。

両津港
両津港


湯浅湾(苅藻島・鷹島)

2016.10.1~2
2016.10.1~2
苅藻島
苅藻島
焚火 
焚火 

 Ⅿさんの誘いで湯浅湾のシーカャックに行った。湯浅湾内にある苅藻島、鷹島を訪ね、鷹島の浜でキャンプ。スタートする栖原海岸には、ショップがありガイドツアーやカヤックのレンタル、駐車場やシャワーも完備していて初心者でも安心である。

 我々は11名で、自艇のほかにタンデムを3艇借りて正午過ぎに出発。右前方からの風を受けながら少し波立つ海原を漕いだ。 ガイドツアーの一行と入れ替わるように苅藻島に上がる。この島の最高点までは道があって、そこを登ると広い展望が得られる。また、島の北端には洞窟があり、カヤックで通り抜けができる。

 鷹島の南側のゴロタ浜に上げてキャンプ。私と女房はカヤックで釣りに出たものの、ベラとチャリコしか釣れず、宴会に彩りを添えることはできなかった。浜では異臭がしていたので、聞くと海亀の死骸があるとのこと。一杯飲んで酔った勢いで、そいつを運んで荼毘にふしてやった。

 宴会の後に、エギングで小さなアオリイカが釣れたので、刺身で食べた。昇天した海亀のお礼だったのだろうか。



大津島

2017.6.3~4
2017.6.3~4

 カヤックと自転車の組み合わせは楽しい。島の観光には自転車が一番だからレンタサイクルがあるかどうか調べておこう

島にこんな公園が
島にこんな公園が
回天発着場
回天発着場
美しい浜
美しい浜

 人間魚雷「回天」の基地があった島、大津島へシーカヤックで行った。2人艇3隻の6人。

 3日9時に周南市の長田浜から漕ぎ出して大津島北端の近浜の小さな漁港に上げた。この間、わずか3キロ、上陸してビールで乾杯後、7人塚やガマの原など近くを散歩してまわる。

 無人島の五ツ島には昼過ぎに着き、きれいな浜の木陰で、目の前に広がる景色を眺めながら昼食宴会。一升瓶も空いたので、ほどのよいところで切り上げ、馬島へ向かう。

 カヤックは馬島西側の護岸にわずかに張りついた小石の浜に上げた。ふれあいセンターにチェックインして回天記念館に行った。中からは開けられないような魚雷艇に乗せて二十歳前後の若者に「死んでこい」などということは、いくら美辞麗句や大義名分で固めても、決してさせられることではないだろう。本人の意思だ、発意だなどとの言い訳が、命令権者に許されるのか。館を出ると緑の木々が風にそよぎ、青い空と海が広がっていた。こんなおだやかな景色の中で、繰り広げられた陰惨な日々を知ると胸のつまる思いがする。

 翌日は自転車を借りて島見物のサイクリング。島の学校は閉鎖され子供の姿はない。島内を巡るコミュニティバスを待つ人と話したり、枇杷をいただいたり。ここも高齢化、過疎化が進んでいるが、ゆっくりとした島の時間と暮らしがある。

 帰路は、潮と風に助けられて順調。1日10キロほど漕ぐのも楽でいい。今回の海旅は、テーマは少し重かったが、いっしょにいるだけでも楽しいメンバーと天候に恵まれた。



三陸海岸

2017.7.9~18
2017.7.9~18

1日目

 松島から漕ぎ出す。 三陸海岸へ向けて北上の海旅。どこまで行けるかは、天気と体力次第。 初日は日本三景の松島から石巻湾を横切って田代島まで。

 松島を出るまでは順調だったが、釜石湾の横断で逆潮とアゲインストの風に悩まされた。 田代島の港はキャンプができない。そう告げた村の若い人が親切に丘の上のキャンプ場まで車で運んでくれた。この島は猫の島と知られているようで、たくさんの猫を見た。テントにできた爪痕はよしとしよう。

(車を1台女川へ配送)



金華山の浜
金華山の浜

2日目

 昨日の若者が見送ってくれる中、田代島を離れる。今日は金華山経由、女川までだ。 11時過ぎまでは下げで、湾から沖へ向かって潮が流れる。これに乗って朝凪の間に漕ぎ進むのが得策。 黒崎からは霧が濃く視界50mほど、漁船のエンジン音に気をつけて行かなければならなかった。

 金華山の浜に上げてから黄金山神社を見物した。これは寄磯崎を回って女川湾へ入るための時間調整でもある。正午を過ぎれば転流し、上潮は湾内に向かう。作戦成功で今日は楽に漕げた。女川の原発を左に見て進み、震災の爪痕も痛々しい港へ入る。復興の工事が進められていた。

早朝に漕ぎだす
早朝に漕ぎだす

3日目

 今日は神割崎まで30数キロの予定。女川湾を下げ潮を利して出島へ向かう。狭い水道の浜で休憩の後、さらに白銀崎を目指す。 次の休憩は黒磯を回った小さな入江。目の前には、北上川河口につながる広い湾がある。そこを横切ってウサギ島へ。追い風と追い波にせき立てられるように漕ぎ、神割崎を回り込んでキャンプ場下の浜に上げて今日の航程を終える。

(松島の車を回収、神割崎キャンプ場に1台配送)  

いつも朝日を見て
いつも朝日を見て

4日目

 快適な神割崎のキャンプ場を後に気仙沼を目指す。港は復興著しいものの、大きな港はカヤックには敷居が高い場所だから、そこへ入らず、大島奥の小さな浜をゴールにした。大島には本土と結ぶ橋が架けられつつあった。 今日は雨に降られ、少し波にもまれた。それでも気仙沼の西湾に入るとおだやかなものだった。

(女川の車を回収、碁石海岸キャンプ場へ1台配送)

奇跡の一本松
奇跡の一本松

5日目

 今日は碁石海岸までの短い航程である。唐桑半島を回り込んで、巨釜半造、折石を見物。 碁石海岸に着いたと思ったら、昨日入った黒崎温泉がある港だった。ひどい誤算にあきれながら、さらに碁石海岸まで行ったのだが、途中で濃い霧に包まれてしまう。突然にわいた霧。わずかな距離だったので、コンパスも用意していない。GPSで現在地を確かめると、ずいぶん南に寄っていた。視界100m程の霧が晴れると、思わぬ近さに港があるではないか。碁石海岸キャンプ場に上げ一夜を過ごす。(神割崎キャンプ場の車回収、小白浜へ1台配送)


死骨崎という恐ろしい名の岬
死骨崎という恐ろしい名の岬

6日目  

 今日は、大船渡から唐丹湾まで5つの湾を渡り、綾里崎、首崎、死骨崎と3つの大きな岬を回った。

 南からの追い風と追い波には助けられるものの、岬先端は荒れるとのためしのとおり、カヤックはもまれっばなし。おまけに風裏の入江にさえもウネリが入って、陸地に上げての休憩もとれなかった。

 唐丹の湾に入るまで、ほぼ7時間漕ぎっぱなしは、久々にきつい航程となった。

 石巻の小白浜まで、一緒に漕いだMさんは所用のためここがゴールとなった。1週間の海旅おつきあいいただけたことに感謝。一抹の寂しさを覚えながらMさんと別れる。

(碁石海岸キャンプ場の車回収)

 翌日は荒天のため休養を兼ねて遠野村観光

7日目

 今日からは女房と二人旅となる。唐丹湾を漕ぎ出し、尾崎を回る。鋭く尖った岬は、わずかなウネリや風で難所になるが、この日は、ウソのようにおだやかだった。昨日、荒天を、予測して1日待った甲斐があったというものだ。

 でも、そうは簡単に行かせてくれないのが海旅である。難所はこの先の三貫島だった。休憩しようと寄った岸辺は波が騒ぎ、突風が渦巻いていた。飛沫が飛びパドルがとられるほどの風だったから、瞬間的には20m/Sはあっただろう。ほうほうの体で対岸へと逃げた。

 次は両石湾を渡った大釜崎の逆潮。漕げど進まぬ状況はよくある。パドルは重く、景色は変わらない。手を止めるとたちまち目的地から離れていく。こんなときは、岸に上げて待つのが一番なのだが、時間がそれを許してくれなかった。

ここに泊まる
ここに泊まる

 今日中に御前崎を越えて山田湾を渡っておきたかったからである。でも、とうとう力尽きてしまった。霞霧ヶ岳の東にあたる海岸線で泊まるのに適した場所を探しながら行く。  最後の難は上陸にあった。砂利浜は、ウネリが入ってなければいい上陸地なのだが、白い波が立っている。慎重に乗り上げ場所を観察した後、一気に突っ込んだが、岸辺でグズグズしている内に、次の波にカヤックがさらわれ、足を払われた私はつんのめって倒れ、女房は向こう側で下敷きになっている。そばで見ていると大笑いものだろうが、当人たちは必死である。なんとか浜にカヤックを引きずり上げて、一段落。奮闘の甲斐あって、とてもいい泊地を得ることができた。テントを張って、ビールを飲んで、月が昇って星が降る。いい夜だった。

 

8日目

 最終目的地の宮古までわずか。この日は曇天だったが、終日静かな海。潮流も感じるほど強くはない。昨日故障したラダーも修理した。  山田湾口を横切り、トド崎と快調に漕ぎ進む。トドとは魚扁に毛と書く、毛のある魚?うまい当て字だ。何の漁だろうか、たくさんの小舟がすごいスピードで行きかう。閉伊崎までは沖を行く。閉伊崎下は碁石海岸に似た美しい入江だったので、岩の間を漕いで抜けた。

 霧で見えない対岸を目指し、見当で漕いで行くと白い岩の浄土ヶ浜が見えてきた。遊覧船が出入りする入江に入り、階段の岸に着ける。

 あと1日、北山崎を越えて行く考えがふと頭に浮かんだ。満腹のくせに最後のデザートを欲しがっている気分。その時、激しく雨が降りだした。これが未練を断ちきって、8日間の海旅の終わりとなった。



犬島

2017.8.1~2
2017.8.1~2

犬島港の東側の砂浜に上げる砂浜に

 毎年、夏に長男家族とキャンプに行っている。一昨年は仙酔島、昨年は大久野島、今年は犬島へ。宝伝港から渡船が出ており、女房、嫁、孫たちはそれで行き、私は息子と2人で宝伝海水浴場からカヤックで。犬島までは一漕ぎの距離なので、途中で渡船の来るのを20分ほど待ったが、その間にかなりの距離を流されていた。それは、はっきりと軌跡に現れているので、やはり瀬戸内海の潮は速いようだ。

 犬島では自然の家に宿泊。夜は天体観測に参加し、望遠鏡で月の写真を撮ってもらった。長男家族とのささやかな夏の幸せである。

 

 犬島はベネッセの手が入る前からカヤックで行っていたが、今はアートの島として訪れる人も多くなっている。カヤックツァーで訪ねるにはいい所である。さらに豊島、直島とつないで、アートの島巡りというのも計画してみたいと思った。



豊島

2018.6.16~17
2018.6.16~17

 カヤックと自転車の組み合わせは楽しい。島の山に登るなら電動自転車に限る。こんな楽とは知らなかった。

 瀬戸内のアートの島のうち、直島、女木島、犬島はカヤックで巡ったが、豊島だけが残っていた。Iさんを誘って出かけてきた。

 沼の港から出て、豊島に渡り、豊島で一番高い壇山に登って、十数か所あるアートを見てまわり、どこかでキャンプ。帰りは島一周して、例の産廃処理地を見て帰るという、いつもどおりの欲張りプラン。

 全てかなったので、充実感いっぱいの海旅となった。標高340mの壇山へはレンタルの電動自転車で登った。これがなければ、島内一周も到底無理というものだ。

 海水浴場だったとち浜でキャンプした。浜の端に筏があって、ちょうどいいウッドデッキ。この上での宴会は、貧乏な我々にとってはグランピング気分。飲みながら眺める夕陽の色移りは、この島の最高のアートのように思えた。

 考えてみれば、我々の旅は地表に刻む一瞬のアートかもしれない。そんなことを思わせてくれた島、美しい海だった。



積丹半島

2018.8.3~4
2018.8.3~4
窓島をあとに
窓島をあとに
シシャモナイ滝
シシャモナイ滝
神威岬
神威岬
野塚の浜でキャンプ
野塚の浜でキャンプ
島武意のゴロ石の浜に上げる
島武意のゴロ石の浜に上げる

 積丹半島をシーカヤックで回った。メン

バーは7人。私にすれば大人数である。

 6年前には東から西に回ったが、今回は逆である。風や海流を味方にしたかったなら、このほうがよいと思う。珊内から美国まで、50数キロを2日で行くので楽な航程である。回送の車など、すべて整えてから泊村の盃キャンプ場に泊まった。その入口に温泉もある上、無料なのはうれしい。

 

3日

 珊内まで移動して朝凪の内に漕ぎ進む。前回の終了地点のノットの舟揚げ場で休憩してから窓岩へ。柱状節理の岩島である。その一部が抜け落ちて、窓のように貫通していた。陸からは見えず、前回も気づかなかったが、これで納得である。

 シシャモナイの滝も、これまた海を行く者だけが見られる景観である。さらに進んで西の河原に上げた。「にし」の河原と思っていたが、どうやら「さい」の河原と呼ぶらしい。それにふさわしい雰囲気ではある。

 次の目的地、神威岬を目指す。風は予想通りの追風で舟はよく走るもののウサギが跳ぶほどになった。いったん岬の袂の港に上げて休憩。気合いを入れ直して、毛羽立つ海へ漕ぎ出す。

 岬の突端は荒れるのだが、神威岩との間が通られたのは幸運だった。バシャバシャの波を漕ぎ抜け、風裏に入ると嘘のように穏やか。えぐれた断崖下のゴロ石の浜に上げて休む。

 神威岬の遊歩道までは踏み跡があったのだが、今は草におおわれて消えている。遊歩道に出ると、立入禁止の看板、どうやらいけないことをしてしまったみたいだ。

 岬の灯台は、たまたま開放されていて、中に入ることができた。螺旋階段と照明設備だけ、こんなシンプルな構造だが、光は36キロ先まで届くと、案内の海上保安庁の人が教えてくれた。新日本海フェリーで小樽へ近づくとき、この光を見たことを思い出す。

 この日は、予定通り野塚の浜に上げ、そこの野営場にキャンプした。多くのテントが張られていたが、ここも無料で、トイレ、炊事場もある。ゴミを持ち帰るのは当然のこと。

 

4日

 夜中じゅう波の音がしていたが、未明に起きてみると磯波が立っている。女房と2人だけだったら、多分やめにしていただろうが、みんな行く気満々である。巻いて押し寄せる波の狭間をねらって漕ぎ出した。沖は穏やかである。磯波は風ではなくウネリのなせる業なのだ。

 しかし、これだけウネると着岸できる場所も限られる。そう思いながら積丹岬へ。岬沖では案の定、波にもまれた。こんなときは、各自がそれぞれに身を守ることになる。言わば、親不知、子不知の状態だが、仲間がいるのは心強い。

 このウネリの中でも島武意の浜に上げられたのはありがたかった。おまけに、北海道旅行中のNさん一家にも会えた。運のいい日というのはあるものなのだ。

 幌武意の港で少し休んだあとは、右手の断崖を眺めながら漕いだ。黄金岬と宝島が見えてはいるが、思いの外、時間がかかった。多くの海水浴客でにぎやかな美国の浜に着いたのは正午過ぎだった。

 後片付けに時間がかかったが、一切終えてMさんの「ふくろうの宿」へ。Nさん一家も合流してバーベキュー宴会で打ち上げた。



洞爺湖

2018.8.6
2018.8.6
洞爺湖を漕ぐ
洞爺湖を漕ぐ

 春に山スキーに来た折にウィンザーホテルから洞爺湖の中島を眺めた時、カヤックで島に渡り、山に登ることを思いついた。調べてみると観光船も出ており、遊歩道も整備され、最高峰がトーノシケヌプリ(西山)ということも分かった。

 洞爺キャンプ場に泊まり、翌6日早朝に漕ぎ出す。曇天無風の好条件のもと、左手に昭和新山、有珠山を見ながら快調にカヤックを走らせる。島に近づくと岸辺にはエゾシカが跳ねる。

 中島に着き、観光船の船着き場の手前の浜に上げたもののまだ誰もいない。始発便の到着を待ち、入山名簿に記入して、ゲートを開けてもらう。早く出てきたものの、結局は8時半近くの入山になってしまった。

 遊歩道はよく整備されていて、木くずの道のクッションが心地よい。峠様のところから左にとり、不明瞭な踏み跡をたどる。なかなかの急登で、ピンクのテープやロープがあるものの、廃道に近い状態であった。最後に道を見失って、わずか薮を漕いだ後にトーノシケヌプリの頂上へ出た。ブッシュにさえぎられて、頂上からの展望はあまりよくない。3等三角点がある。

 遊歩道までもどったのち、さらに北へ進んで大平原と名づけられた開けた場所に出た。ここで小憩してから、島の東岸を周回する道を歩く。湖岸の道は緑濃く、洞爺湖の水面の輝きを垣間見ながら行くのは心地よかった。

 船着き場にもどってから、帰路の土産に西岸を回った。島の最高点を踏んで、中島の東半分は歩き、西半分も漕いで、念願かない、思い残すことなく島をあとにした。



笠岡諸島

2019.6.25~26
2019.6.25~26
梶子島の砂浜 知らずに上がってしまった
梶子島の砂浜 知らずに上がってしまった
白石島の砂浜と弁天島
白石島の砂浜と弁天島

 笠岡諸島には大小31の島があり、そのうち、高島、白石島、北木島、真鍋島、大飛島、小飛島、六島の7島に人が住む。

 この島々をシーカヤックで巡った。出発は神島だが、ここも元は島である。干拓が進んで平成2年には完全に陸続きとなった。断りを入れて神島神社前の路肩に一晩車を停めさせてもらう。

 差出島と高島の間を漕ぎ抜けて梶子島を目指した。梶子島は無人島だが岡山県青少年の島としてキャンプ施設がある。上陸するには許可がいるようだ。大飛島、六島と上陸して回り、猫で有名な真鍋島へ。さらに漕いで白石島の楠海岸に着け、ここでキャンプした。

 翌日は、天気が崩れかけていたので、早朝から漕いで、帰路についた。主だった島には立ち寄ったつもりだが、駆け足すぎた。次回は、山登りや釣りなど織り込みながら、ゆっくりと訪ねたいものだ。



塩飽諸島

2019.8.7~8
2019.8.7~8

 

 カヤックで島に渡り、山を登るというスタイルが好きである。若い頃、ノルウェーのフィヨルドに漕ぎ入って、海になぎ落ちる岩壁を登ることを夢見たことがある。今はおとなしく、薮を漕ぐしかないけれど

 倉敷の沙美海岸から漕ぎだし、塩飽諸島を一回りする海旅。途中、広島の最高峰である王頭山に登り、塩飽本島をレンタサイクルで一回りするという計画である。

 潮の湧く島である。潮回りを調べ、計算して出かけた。大雑把に言うと午前中は西から東に、正午あたりから東から西に流れるということだが、おおむね上手く潮に乗れて、逆潮のストレスは感じなかった。キャンプ地の海水浴場(ほぼ閉鎖)で水浴できず、やたら暑かったこと以外に誤算はなく、脱水状態ながら、王頭山の登山もできた。本島も電動自転車のおかげでゆっくり楽に1周できた。十二分に満ち足りた海旅である。



日生諸島

2019.10.27~28
2019.10.27~28
新艇の名前は何にするのだろう
新艇の名前は何にするのだろう
Rebomのテラス
Rebomのテラス
頭島大橋 頭島はもはや離島ではない
頭島大橋 頭島はもはや離島ではない
こんな夜も  たまにゃあ  なぁいいさぁ
こんな夜も たまにゃあ なぁいいさぁ

 Iさんの新艇の進水式にお付き合いしての1泊キャンプの海旅。

 布浜のカキ工場の駐車場に断って車を停めさせていただく。3分割の舟を組み立て、シャンパンをふりかけて、新艇を祝う。処女航海は曽島と鴻島の間を抜け、頭島へ。外輪の浜に上げ、昼食を兼ねて島内散策。「ふみ」のお好み焼きを食べ、タヌキ山を越えて、Rebomのテラスで海を見ながらパフェ、優雅である。

 泊り予定の大多府島亥の子キャンプ場は荒廃していて草茫々。しかたなく南岸の猫の額ほどの浜に上げてキャンプした。流木で焚火するいい夜になった。

翌日は、ハンセン病療養施設「愛生園」のある長島を回り、カキ筏のならぶ虫明湾を漕いで帰った。 



諸寄 クズレ浜

2019.8.24
2019.8.24

 諸寄からわずかに漕ぎだした先にある無人浜

我が家の3世代でカヤック&キャンプ

ライフラインはないので、なにもかも自分たちでやるしかない。

 こんな経験が人生の何の役に立つのか知らないが、生きる力を養ってくれならありがたいこと。

娘と婿殿は大振島の間で波にあおられて帰ってきた。孫娘は波にもまれてはしゃいでた。

 

 フジタカヌー創始者の藤田さんは、70才を過ぎたおばあさんが孫を乗せてカヤックを漕ぐ姿に感動を覚えたと話してくれたが、まさか私に、そんなときが来ようとは思ってはいなかった。

 沖の水平線に沈む夕日は幸せにちがいない。

 



室津湾(唐荷島)

沖の唐荷島から中の唐荷島
沖の唐荷島から中の唐荷島
島がつながる
島がつながる
キャンプしたことも
キャンプしたことも

 室津の沖の唐荷島

シーカヤックの初心者にもってこいの海でと島である

軌跡は、ほん最近のものばかり

昔のものを加えると、海は真赤に塗られてしまうのでは・・・なーんちゃって

ホラ吹いちゃった



備讃瀬戸 粟島(城ノ山)

荘内半島の紫雲出山から眺める粟島
荘内半島の紫雲出山から眺める粟島
ここから出る
ここから出る
2020.7.23~24
2020.7.23~24

23日午後、荘内半島の船越の港脇(数台分の駐車スペースあり)の砂浜から漕ぎ出す。  5㌔㍍ほどの距離だから急ぐこともない。ほどなく粟島の西浜に着いた。艇を上げておいてから島内見物。浮き玉を細工した作品が面白い。ここもアートの島なのだろうか、見どころが多い。ル・ポールというしゃれた宿泊施設もある。でも我々が泊まるのはテント、西浜に戻ってささやかな宴会。 24日、城ノ山に登る標高は222㍍に過ぎないが正味の標高差で急登続きである。道はよく整備されていて階段も多い。30~40分の登りで山頂に着いた。名のとおり城跡で360度の展望が素晴らしい。島は洋上の山である。  帰路にスクリューの形をしたこの島を回ってみた。途中から雨になった。平滑な水面に落ちる雨滴が星形を作って消える。海がおだやかなら雨の中を漕ぐのもいいものだと思った。